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岐阜地方裁判所 昭和52年(ワ)385号 判決 1981年8月31日

原告 林實枝

<ほか四名>

右原告ら五名訴訟代理人弁護士 水谷博昭

被告 宗教法人善導寺

右代表者代表役員 若園善旭

右訴訟代理人弁護士 林千衛

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一申立

一  原告ら

「1 被告は、原告林實枝に対し金四五九万七一八七円を、原告林正明に対し金三三四万九五九三円を、その余の原告ら各自に対し金二二九万八五九三円宛を、右各金員に対して昭和四九年八月一三日から完済に至るまで年五分の割合による金員をそれぞれ付加して支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。」

との判決並びに仮執行の宣言を求める。

二  被告

主文と同旨の判決を求める。

第二主張

一  原告らの請求原因

(第一次的請求原因 民法第七一七条に基づく賠償請求)

1  昭和四九年八月一三日午前八時過ぎころ、岐阜県山県郡美山町谷合一四五一番地に所在する被告所有の山門(以下本件山門という。)の屋根が柱からはずれて地上に落ち、折から右屋根の上に乗っていた訴外亡林富士一(以下富士一という。)及び原告林正明(以下原告正明という。)が右屋根とともに地上に落下して、富士一が死亡し、原告正明が負傷した。(以下この事故を本件事故という。)

2  本件事故は、本件山門の設置保存の瑕疵により発生したものである。

(一) 本件山門の形状の概要は別紙図面のとおりであるが、構造上次のような特徴がある。

(1) 本件山門は、屋根面が、東側と西側へ流れる切妻屋根であるところ、この屋根を支える四本の柱が屋根の中心線から等距離になく、東側の二本の柱が西側の二本の柱に比べて内側に入り込んでいる。(換言すれば、西の柱はいわば軒先寄り、東の柱は棟寄り。)

(2) 柱と梁、桁の接合は、すべて凹部と凸部のさし込み式、かみ合わせ式で、釘、ボルト等は用いられていない。

(二) 富士一及び原告正明(以下この両名をあわせて富士一らという。)は、本件山門の屋根瓦の葺替えにかかっていたもので、本件事故の前日の一二日には棟を壊すとともに西側の屋根瓦を全部下ろし、事故当日の一三日は西側屋根上の土(泥)を下ろす作業から始め、この土下ろしがほぼ終了したころに本件事故が発生した。

なお、本件事故直前の富士一の位置は、西側屋根の西端付近であり、原告正明の位置は、西側屋根の棟下付近であった。

(三) 前記(一)の構造上の特徴から、本件山門は、東側の屋根、特にその東端部分に荷重がかかると、西側の柱と梁のかみ合わせが抜けて西側屋根がはね上がる形で屋根全体が東側へはずれ落ちやすい傾向があったといいうる。

しかるところ、富士一らは、右のような本件山門の構造上の特異性に気付かず、西側屋根面の瓦と土とを全部下ろしてしまったため、屋根の平衡が失われて屋根自体がはずれ落ちたものと考えられる。

(四) 本件山門が一八一二年(文化九年)ころに築造された歴史的にも価値のある建造物であり、この建築様式が特異な部類に属するものでないことは原告らにおいてもあえて否定するものではない。

しかし、現代の建築技術からみるとき、屋根を支える四本の柱は屋根の荷重を均等に支えるよう配置すべきこと、及び柱と梁等は釘やボルト等を用いて強固に接合すべきことは常識である。

そうしてみると、前記(一)の構造上の特徴は、安全面からみた右建築技術上の常識に照らすとき、建造物が通常有すべき性状の欠缺、瑕疵と評価すべきものである。

なお、民法第七一七条にいう土地の工作物の瑕疵は、その工作物がその物として通常具えているべき安全性を欠いている場合に認められるものであって、その工作物の存在自体が社会的に価値があろうと、また瑕疵が一般的弁識力によって見抜けないものであろうと瑕疵を認めるになんら支障はない。

3  右の次第で、被告は、本件事故によって生じた損害を賠償する義務があるところ、その損害と賠償請求権者は次のとおりである。

(一) 富士一の分

(1) 逸失利益

富士一は、本件事故当時屋根瓦葺職人として、年間少くとも金三一六万一五八〇円の純収入を得ていたが、同人の死亡時の年令は五五歳であったから、なお九・三年間は右仕事に従事して右金額を下らない収入を得られたはずである。

そこで、三〇パーセントの生活費と中間利息を控除して逸失利益を計算すると、金一七五八万三一二七円となる。

(2) 慰藉料

富士一は、原告ら一家の支柱であったから、その死亡による慰藉料は一〇〇〇万円を下らない。

(3) 過失相殺

本件事故の発生については、前記本件山門の特徴に照らし、富士一らがまず西側屋根の瓦と土とを全部下ろしてしまったという工事の手順の誤りも一因をなしているので、五割程度の過失相殺はやむをえない。

なお、富士一らは、瓦の葺替作業をなすにつき足場を組んでいなかったが、足場は、通常は高所での工事の安全確保のために設置するもので、工作物そのものの補強が目的ではなく、足場が組まれていたとしても本件事故は回避できなかったはずである。

右過失相殺の結果、富士一の取得した損害賠償請求権の額は、金一三七九万一五六三円となる。

(4) 相続

富士一の死亡により、原告實枝は妻として、その余の原告らはいずれも子としてそれぞれ法定相続分に応じて富士一の地位を相続したから、原告實枝は、金四五九万七一八七円(三分の一)、その余の原告らは、各金二二九万八五九三円(六分の一)の請求権を被告に対して有する。

(二) 原告正明固有の分

(1) 受傷等

原告正明は、本件事故により、頭部外傷Ⅱ型、全身打撲傷、頭部挫創、顔面挫創、左手挫創、背部擦過創、左第十肋骨骨折、第二腰椎圧迫骨折、骨盤骨折、腎損傷等の傷害を受け、昭和四九年八月一三日から同年一〇月二二日まで岐北病院に入院して治療を受け、退院後は昭和五〇年七月末日頃まで自宅治療に専念した。

(2) 逸失利益

本件事故当時、原告正明は、父の富士一から月八万二〇〇〇円の賃金の支払を得ていたが、右約一一か月の加療期間中は、全く労働に従事できず賃金の支払も受けられなかったので、その間少くとも金九〇万二〇〇〇円の得べかりし利益を失った。

(3) 慰藉料

右治療期間中の慰藉料としては、金一二〇万円が相当である。

(4) 過失相殺

前記(一)の(3)と同様の理由で、五割程度の過失相殺はやむを得ないと評価できるので、その結果、原告正明は、同原告固有の分として金一〇五万一〇〇〇円の損害賠償請求権を有することとなる。(富士一の相続分と合算すると、金三三四万九五九三円となる。)

(第二次的請求原因 安全配慮義務違反に基づく賠償請求)

4  富士一と被告とは、昭和四九年六月ころ次のような請負契約を結んだ。

イ 当事者 注文者・被告、請負人・富士一

ロ 目的 本件山門の屋根瓦葺替工事

ハ 請負代金 一二五万円

そして、富士一は、原告正明を補助者として右工事に着手し、前記2(二)のような経過で本件山門の西側屋根の瓦と土とをほぼ下ろし終ったところ、本件事故の発生をみ、その結果富士一が死亡して原告正明が受傷した。

5  本件山門には、前記2(一)に主張したような構造上の特徴がある。

6  ところで、本件請負契約にあっては、被告において富士一に対し、同人が安全な工事の手順を決める際の参考にできるよう、あらかじめ前記本件山門の構造上の特徴を告知指摘する契約上の義務を負っていたというべきである。

すなわち、建物に関する請負契約にあっては、注文者が供給する材料や従前建物あるいはその敷地になんらかの危険が内在していて、注文者がこれを認識している場合には、注文者においてあらかじめ請負人に対し右危険を告知し、請負人がこの危険に遭遇して損害を蒙ることのないよう配慮すべき信義則に基づく義務がある。

本件の場合、注文者たる被告(代表者)は、本件山門の前記構造上の特徴を認識していたのであり、他方、富士一は、たまたま本件山門の屋根瓦の葺替を請負ったにすぎず、専門の瓦葺職人であったとはいえ、短時間のうちに右構造上の特徴を知りつくすことは困難な状況にあったのであるから、被告において、本件請負契約の当事者として信義則上負っている相手方に対する安全配慮義務の具体的内容として、前記本件山門の構造上の特徴を富士一に告知すべきであったのである。

しかるに、被告が右の告知を怠ったため、富士一が右構造上の特徴を認識できず、工事の手順を誤り、もって本件事故を惹起するにいたったものである。

そして、被告は、請負人たる富士一が、請負の目的である仕事をなすにつき、いわゆる履行補助者として原告正明を使用することを知っていたのであるから、原告正明に対してもまた、本件請負契約を基づき、直接、安全配慮義務を負っていたというべきである。

(原告らの準備書面中には、被告の原告正明に対する責任原因に関し、第三者のためにする契約及び重畳的債務引受の主張が記載されている。

しかし、右法律構成の当否はさておき、このような構成は、富士一の被用者として労務提供を行う原告正明につきその生命健康等を損うことのないよう労働環境等を整備して同原告の安全を保護する義務を安全配慮義務の内容として措定することを前提とする。しかしながら、原告らの主張は、その全体からみるとき、被告において、右のような原告正明の使用者としての富士一の義務と同一内容の義務を負担したというものではないことが明らかであるから、請求原因中に前記第三者のためにする契約等の摘示をすることをしない。)

7  そうとすると、前記3の損害は、被告の前記義務違反によって生じたものであり、原告らは、いずれも同項に主張の次第で被告に対する損害賠償請求権を有するものである。

(まとめ)

8  よって、原告らは、第一次的には不法行為(民法第七一七条)を原因として、第二次的には債務不履行を理由として、被告に対し申立のとおりの各金員(年五分の割合による金員は、本件事故の日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金)の支払を求める。

二  被告の答弁、主張

1  請求原因1は認める。

2  同2の、本件事故の原因が本件山門の設置保存の瑕疵にあるとの主張は争う。

(一) 同2(一)の本件山門の形状の概要及び構造上の特徴は認める。

(二) 同2(二)は、本件事故直前における富士一らの位置を除き認める。本件事故は、富士一が棟越しに東側屋根に渡り、原告正明がこれに続こうとした瞬間発生したものである。

(三) 同2(三)については、富士一らがはじめに西側屋根の瓦及び瓦土を全部下ろしてしまったこと、富士一らが右(二)のような行動をとったこと、さらに、のちに主張するように富士一らが足場を組まなかったことから、本件山門の屋根が重心を失い、梁から上が東側に傘をさかさに落したように崩れ落ち、そのため富士一らがはねとばされたのであるが、右屋根自体にかようなはずれ落ちやすい構造、傾向があったというのはあたらないというべきである。

(四) 同2(四)の、本件山門の前記構造上の特徴が瑕疵にあたるとの主張は争う。

本件山門は、原告らも主張するとおりの一八一二年(文化九年)ころに築造された由緒ある建物である。しかして、本件山門は、欅造りの堅牢なもので、百数十年の風雪に耐えており、片側の柱が内側に入っているという点は冠木門と呼ばれる建築様式として普遍的であるし、接合部に釘などを用いない点も同様である。

(五) 本件事故は、もっぱら富士一のとった工事方法上の過ちにより惹起されたものである。

すなわち、本件山門は東側の庇が長いから、庇の短い西側から瓦や土を下ろせば東側に傾くか崩れるおそれのあることは一見して明らかである。それにもかかわらず、富士一らは、屋根の総体を支えるに足りる足場も組まず(労働安全衛生規則五一八条によれば、高さが二メートル以上の箇所で作業を行う場合につき、足場を組み立てる等の方法により作業床を設けなければならないと定めている。)、西側屋根から瓦のみならず土まで全部下ろしてしまい、あまつさえ富士一らが東側屋根に乗り移るという行動に出たため、山門屋根が重心を失ってはね落ちた次第である。

3  請求原因3の損害関係の主張はすべて争う。但し、本件事故当時富士一が屋根瓦葺職人であったことは認める、過失の点はすでに主張したところと同じである。

4  請求原因4は認める。(但し引用されている請求原因2(二)のうちの富士一らの位置は争う。答弁2(二)のとおりである。)

5  同5は認める。

6  同6の安全配慮義務についての主張は争う。

そもそも「安全配慮義務」なるものは、本件のような単純な請負契約関係においては、これを認める余地はない。なるほど、先例(最高裁判所昭和五〇年二月二五日判決)は、「安全配慮義務は、ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間において、当該法律関係の附随義務として一般的に認めらるべきものである。」とするが、右先例は、本件に即していえば、請負契約の存在それ自体のみで安全配慮義務が生じるとしているのではなく、被害者とされる者との間に、「使用従属」ないし「指揮命令」の関係がある場合に限られると解すべきである。しかるところ、本件における被告と富士一との関係は単なる請負契約関係であって、使用従属ないし指揮命令の関係を欠くものであり、もとより雇傭と同視しうる関係もないから、被告が安全配慮義務を負ういわれはない。

しかも、本件の場合、富士一は屋根葺職人という専門家であったから、富士一にとって本件山門の構造上の特徴は一見して明らかであったはずである。また、仮にそうでないとしても、右のように富士一が専門家であるのに対して被告側は全くの素人であってみれば、被告側が富士一に対し、本件山門の柱と梁との接合は釘等を用いないかみ合わせ式であるとか、さらには、東側の屋根面の東端部に荷重がかかると西側の柱と梁とのかみ合わせが抜けて屋根が東側に転落しやすいなどと告知すべき義務があるとはとうてい考えられない。(しかも、本件の場合、約二〇年前の本堂改築工事を副棟梁として宰領し、今回被告が本件山門のほか庫裡、塀等の一連の改修工事を依頼した訴外林金作の推挙に基いて富士一に本件屋根葺替えを依頼したものであり、本件請負代金の額も富士一の申出額をそのまま受け入れたものであるという事情がある。)

なお、原告正明が富士一の仕事を手伝っていたことは争わないが、同原告の立場は、社会通念からいって契約関係上は富士一と同視されるべきものである。したがって、富士一についてと同様、被告は、原告正明に対し安全配慮義務を負うものではない。

第三証拠《省略》

理由

第一第一次的請求原因について

一  請求原因1(本件事故の発生)は当事者間に争いがない。

二  本件事故の起きた本件山門の形状が大要別紙図面のとおりであることは当事者間に争いがない。

そして、《証拠省略》によれば、本件山門は、東側を正面(寺への入口側)、西側を背面として建立されている薬医門といわれる山門であること、その構造をおおまかにみると、土台の上に高さ約三・四メートルの柱を四本立て、東西方向に梁を二本並べ、その上に南北方向に軒桁を二本並べ、東西に流れる屋根を張って瓦を葺いたもので、梁から屋根最上部の棟までの高さは約二メートル、したがって地上からの棟高は約五・四メートル、屋根の横幅は約六メートルであること、右の屋根(梁軒桁、束柱などを含む、以下単に屋根というときはこの意味で用いる。)を支える柱は、南北には約三メートルの間隔を置いて屋根の南北方向の中央線から等距離に位置しているが、柱の東西の位置関係は、屋根の東西方向の中央線(棟の線)から、東側の柱は約五〇センチメートルの位置に、西側の柱は約一・二メートルの位置にあること以上の事実が認められる。

三  本件山門がその構造の上で、請求原因2(一)に(1)及び(2)として主張されている特徴(柱の位置の不均等及びさし込みかみ合わせ式接合、このうち前者については前記二にも認定)を備えていることは、当事者間に争いがない。

四1  本件事故の際、本件山門の屋根が一体のまま、柱から離れて地上へ落下したこと、そしてその転落は、西側屋根がはね上がる形で始ったことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、右転落は、東側の柱と梁との接点を軸として、西側屋根を上方へ、東側屋根を下方へそれぞれ回す方向に力が働いて動き出して西側の柱と梁の接合部がはずれ、また東側の柱と梁との接合部が一部もぎ取れて、屋根がいわば裏返し(仰向け)に地上へ落下したものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。

2  本件事故直前までに、本件山門の西側屋根の瓦全部と土(屋根土)のほとんど全部が富士一らによってとり下ろされ、東側屋根の瓦(もとよりその下の土)がすべて屋根に乗った状態であったことは当事者間に争いがない。

そして、《証拠省略》と、すでに認定した本件山門の形状、特に屋根と柱の位置関係、原告らにおいて、本件山門の屋根はその東端付近に荷重がかかると西側がはねあがる形ではずれ落ちる傾向があると主張していることなどを総合すれば、本件事故は、富士一が西側屋根から東側屋根へ移動し、原告正明がこれに続こうとした瞬間に発生したものと認められ(る。)《証拠判断省略》

3  《証拠省略》によれば、本件山門は東側の柱が西側の柱と比較するとき内側に位置している関係で、東側の屋根の瓦や土を先に下ろせば、本件事故のような屋根の片側がはね上がるという態様の事故を回避できたことが認められる。

4  《証拠省略》によれば、本件山門は欅造りの堅牢な建物で、本件事故当時、柱と梁との接合部には腐食、虫食いなど接合力を減退させるような現象はなんら存しなかったことが認められる。

五  以上認定の結果からすれば、前記三の本件山門の構造上の特徴と、西側屋根の瓦や土を先に下ろし、ついで東側屋根の瓦下ろしにとりかかろうとした富士一らの行為とがあいまって本件事故を招いたことが明らかであるから、すすんで、右山門の構造上の特徴が民法第七一七条にいう設置の瑕疵に該当するかどうかを検討する。

まず、本件山門が一八一二年(文化九年)ころの築造にかかる建造物であること、及び右山門の建築様式が山門としては別段特異な部類に属するものでないことは当事者間に争いがない。

そして、《証拠省略》によれば、本件山門のような屋根を支える柱が屋根の中央線から等距離に位置していない形状の門は、建築様式としては冠木門と称され、このような冠木門は多数築造され存在していること、本件山門の瓦は雪によって損傷するので、従来二〇年に一度ていどの割合で瓦の葺替がなされてきているが、本件のような事故は初めてであること、今回の葺替以前の直近の葺替は、昭和三一年一二月に訴外小川豊吉によってなされたが、同訴外人は、まず東側屋根の瓦を下ろし、つぎに棟を壊し、ついで西側屋根の瓦を下ろし、最後に土を下ろすという手順をとったもので、このときはもちろんなんらの事故も発生しなかったこと、本件山門の柱と梁とは、柄によるさし込みかみ合わせ方式によって接合されているが、右の接合方法は、屋根に瓦が葺かれていて屋根の重力が柱の方向へ強く作用しているとき、あるいは屋根の重みが平均的に柱にかかっているときには、接合部の離反が生ずるおそれなどない方法であること以上の事実が認められる。

ところで、民法第七一七条にいう設置(保存)の瑕疵とは、土地の工作物が通常備えているべき性状、設備を欠いていることすなわち通常有すべき安全性の欠如をいうのであるが、右の安全性とは、右工作物にかかわりをもつ者が一般に予測しえないような異常、特殊な行動に出た場合あるいは右同様な工作物の現状変更がなされた場合に対処しうるほど完全なものである必要はないと解すべきである。

しかるところ、すでにみたとおり、本件山門は山門として存立するかぎりなんら安全性に欠けるところはなく、なるほど屋根については屋根瓦等の葺替工事が施行されることも当然予想されるべきところであるともいえるが、屋根瓦葺職人として通常とる作業手順にしたがうときは別段危険も存しない構造なのであり、結局本件は、富士一らにおいて、いわば庇の長い側より先に庇の短い側の屋根瓦と屋根土を下ろし、あまつさえ同人らが軽い屋根側から重い屋根側へ乗り移るという通常予測しえないような行動、山門屋根の現状変更のもとに惹起されたものであることが明らかである。

そうしてみると、本件山門に前記の構造上の特徴が存するからといって、本件山門が山門たる建築物として通常有すべき安全性を欠いているとはいえないから、本件山門には設置上の瑕疵があるとの原告らの主張は理由がないことに帰する。

六  そうすると、その余の点につき判断を加えるまでもなく、原告らの民法第七一七条に基づく損害賠償請求は理由がないといわざるをえない。

第二第二次的請求原因について

一  請求原因4(請負契約の締結と本件事故の発生)は当事者間に争いがない。(もっとも、本件事故発生直前の富士一らの位置は争いがあるが、この点はすでに認定したとおりである。)

二  請求原因5(本件山門の構造上の特徴)もまた当事者間に争いがない。

三  そこで、原告ら主張にかかる安全配慮義務違背を判断する。

まず、一般に、ある契約関係に立つ当事者間においては、履行、受領等の契約的接触過程において一方又は双方の当事者につき、その生命、身体、財産等に危険の発生が予測される場合、その相手方は、当該契約の附随義務として、右の危険を注意(指示、説明等)してこれが回避を可能ならしめる義務を信義則上負っており、右義務の内容は、契約の種類、内容、右義務が問題となる当該具体的状況等によって定まるものというべきである。そして、このことは、当該契約が請負契約の場合であっても同断であって、請負は、仕事の完成を目的とするものであり、請負人は、通常その判断と責任において仕事を完成させるものではあるけれども、注文者の支配領域にある事情が直接的に危険の発生を招くおそれのある場合、例えば、注文の内容自体に危険が隠れているとか、注文者が特殊な原材料を提供する場合でその性状、取扱方法がいまだ広く知られるに至っていないときなどは、あらかじめ注文者の側においてこれらの点を請負人に告知し請負人をして適切な措置をとらしめる義務があると解すべきである。

したがって、原告らが本訴において安全配慮義務の名称を付して主張している被告の義務は、右の趣旨のものとして首肯できる。これに対し被告は、安全配慮義務は、使用従属、指揮命令関係のある当事者間にのみ認められうるものであると主張するが、右は、使用者が、その雇傭する労働者に対し負うとされている、労務給付場所、設備等につき労働者に危険が及ばないよう配慮すべき義務としての安全配慮義務(いわゆる保護義務)を念頭に置いた主張であると解されるのであって、原告らの主張を契約当事者が信義則上負う契約上の付随義務の一つとしての前述したような義務と解するかぎり、請負契約が除外されるべきいわれはない。(従来の安全配慮義務と用語上の混同を避けるためには、原告らの主張に沿って告知義務とするか、あるいは注意義務と称するのを妥当としよう。)

しかしながら、本件についてこれをみるとき、本件山門の屋根葺替工事を注文した被告につき、原告ら主張のような安全配慮義務(危険告知義務)を認めさせるに足りる資料は見出しえない。かえって、すでに認定したとおり、本件山門の構造上の二つの特徴なるものは、特に告知説明を受けるまでもなくたやすく観取しうるものであること、請負人である富士一が屋根葺職人であったことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、富士一は少なくとも二〇年程度は瓦葺きの業務に従事していたことが認められること、《証拠省略》によれば、屋根瓦葺の専門職であれば、本件山門の瓦葺替工事の施行にあたっては、順序として柱が内側に入っている東側屋根の瓦から下ろすのを常識とすることがうかがわれること、《証拠省略》によれば、僧侶である代表役員その他の被告法人の役員らは、本件山門の前記特徴を知ってはいたけれども、屋根葺替工事の具体的手順や、本件のような態様の事故発生の可能性については、なんらの知識も有していなかったし、もちろんこのような事故を見聞したこともなかったことが認められること以上の諸点を考え合わせれば、本件山門の構造上の特徴を把握し、これに見合った手順、工法を選定、設定することは、もっぱら請負人たる富士一の判断と責任の範囲に属し、被告代表者らにおいて富士一に対して山門の特徴を告知し、さらには事故発生の危険を予告する行為に出るべき必要は一切なかったことが明らかである。

右の次第であってみれば、被告は、富士一らに対し本件山門の特徴を告知する義務を負っていたとの原告らの主張は採用しえないことに帰する。

四  そうとすると、その余の点につき判断をすすめるまでもなく、原告らの第二次的請求原因もまた理由がない。

第三結論

よって、原告らの請求は、いずれも理由がないから失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 秋元隆男)

<以下省略>

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